More you might like
論理学とか論理って
「相手の言葉尻を捉えて矛盾を指摘してハメること」とか「解答不能のパズルに人を突き落とす娯楽」じゃなくて
「混乱した事柄を解きほぐして分かりやすくする為の明晰さと慎重さの涵養」だと思ってるんだけど、
これが絶望的に共有されなくて、くっ…悔しい…
俺だって仕事で失敗して上司の篠原涼子に叱られてたら同期の長澤まさみに「しっかりしてよ!」って尻を叩かれた上「先輩って本当頼りないですよねー」って後輩の吉岡里帆に笑われて、1人デスクで落ち込んでたら先輩の深田恭子に「今日は飲みに行こっか?」って声かけてもらえる職場に転職したい
毛皮業界のために「より扱いやすいキツネ」を作りだそうと交配を続けた結果、キツネが犬化したそうだ(本家/.、Overpill)
1959年にソ連でスタートしたこの交配プロジェクトを担当した遺伝学者Dmitri Belyaev氏は「より従順なキツネ」を求め、顔の前に手を出しても噛みついたりしない攻撃性の低い個体同士を掛け合わせていったとのこと。交配を10世代程繰り返した頃、キツネには従順さだけでない新たな特徴が発生したそうだ。キツネたちの体格は小さくなり、よく遊ぶようになり、尻尾を振り、犬のように吠え、そして毛の色に変化が現れたとのこと。中には青い目をしたキツネも生まれたという。
原因を探ろうと新世代のキツネ達を調べたところ、アドレナリンレベルが格段に低くなっていることが分かったそうだ。アドレナリンの低さが従順さに繋がり、またアドレナリンの生化学的経路と関連のあるメラニンの影響によって目の色や毛皮の色が変わっていったと考えられるそうだ。毛には白い斑模様が混じるようになったそうだが、これは犬などで頻繁にみられる模様でもあるとのこと。
オオカミから犬が分化していった進化プロセスはBelyaev氏のキツネと同じだったと考えられているそうで、同氏の研究は進化論を語る上で重要なものとなっているという。また、最近ではラットなど他の種においても同様の研究が進められているとのことだ。
何故今の若い子はストレートな反抗をしないのかというと、尾崎豊の歌に出てくる反攻とは、相手に受け止めてもらうという前提の甘えと、将来はその共同体に取り込まれることが約束されているから。しかし、それは今の若い子達が大人に対して抱いている感情である、「絶望」とは質が異なる
ぼくがそんな顔をしているというよりは、 自分の最近を振り返ってすごく納得しているみたいだった。そういえば、その二人とも、最近、仕事でテンパっていて、ウンコがまんしているみたいな表情をときどきしていた。
一分ぐらいあとに、まだ笑い涙目で「あーなるほど、その言い方使おう」と先輩が言った。どうも、会社員なんてものは、年中ウンコがまんしているらしい。 会社員だけではない。震災の直後の枝野さんとかも、四六時中《ウンコがまんしている顔 》をしていた。どうも、この顔が現れるのは、人付き合いが苦手なくせに無闇と気を使う種類のオタク系の人が、周囲の空気にあわせようとして、言いたいのを がまんしている時に多いようだ。
嫁さんのいうところでは、この上のがまんレベルがあるようだ。
《ウンコ我慢している顔》が悪化すると、《ちょっと漏れちゃって尻の間にウンコ挟まってるのをゴマかそうとしている顔 》になるらしい。鳩山元総理とかは、年中この顔だ。ぼくも仕事が行き詰まってパニクっている時にはこの顔になっているそうだ。こういう顔をしている時点 で、たいがい何もごまかせていない。どうも、理系男子というのは、ウンコがまんするのに向いていない。正直にぶっちゃけるレポートの世界が正しいものと教えられてきたからだろう。根本的にポーカーフェイスが下手で、暴露癖があるのだ。
別にこれは悪いことではなく、世界を分析して改善するためには、ホンネをぶっちゃける正直さは必要だ。だが、そういう生き方は、事実をごまかして先延ばしで生きる生存戦略の世界には向いていない。
「ある授乳シーンでは、乳房が大きくクローズアップされますし、赤ん坊や幼児はほとんど半裸の姿で、男女の身体的特徴まで露わに描かれています。幼児の「お尻」は何度も何度も出てきます。また、全裸の少女が水に飛び込むシーンもあります。」
お婆ちゃんがお乳をあげるシーンは印象的だったし、赤ん坊の頃のかぐや姫が、ほとんど裸だったのは覚えているけど、お婆ちゃんの乳房や幼児の裸は「秘めるべきところ」なんですか?
『ぼくのエリ 200歳の少女』で、強引なモザイクが入れられたのは、男性器を切り取られたエリの股間がアップになるカットだった。つまり、性器など映りようがないカットなのに、映倫は「モザイクを入れないかぎり上映させない」と配給会社を脅した(■)。
そして、あのカットを隠して上映したのは、日本のみ。つまり、ガラパゴス化しているのは、日本国内の表現規制の方です。「残念ながら、授乳シーンや子どもの半裸、あるいは裸身のシーンは欧米圏、あるいはイスラム圏では上映に大きな制約がつくと思います。」と冷泉さんは言うけど、子供が半裸や全裸で水浴びする程度のヨーロッパ映画なら、僕は何本か、日本国内で見た。映倫が通したってことは、そのまんま欧米圏でも上映されてるわけですよ。勝手に「大きな制約」をつくらないで下さいよ、冷泉さん。
「レーティングを突破して上映しても、世評としては反発を買うでしょう。」って言うけど、だから、いつの時代のどの国の世評なの? いま日本で『かぐや姫の物語』を見て、「授乳シーンがあったから、問題だね」「かぐや姫の裸体が出てきたから、やばいよね」と思う観客が何人いる? この冷泉っていう人には、当事者意識がない。「2013年を生きる日本人としての俺」という感覚が希薄すぎ。「いつか、どこかに居るであろう偉い人」の尺度を援用して、「アニメにオッパイやハダカが出てくるのは、けしからん!」と誘導しているね。
「最も国内的なものが、最も国際的である」――これは、宮崎駿の言葉だったと思う。英語圏準拠でグローバル化された表現になんか、価値はないってことさ。
先生「リスの尻尾は絶対に掴んではいけません。とれます。」
私「とれる?トカゲみたいにですか?」
先生「はい、ブチッととれます。ひどい時は骨を残して周りがズルッととれます。」
私「絶対つかみません:(´◦ω◦`):プルプル」
#動物専門学校で聞いた衝撃的な言葉
月の形をよく調べてみると、西洋梨のように、ややいびつな形をしています。しかも少し張り出した部分が地球を向いているのです。つまり、月はそのちょっとだけ重い面を引力が強い方向、すなわち地球に向けて、そのまま安定してしまったと考えられています。
これは、ちょうど「おき上がりこぼし」に似ています。「おき上がりこぼし」は、重心がとても低いところにあるので、倒しても自然におきあがってしまいます。つまり、重いお尻の部分を下(地球)に向けている時のほうが安定しているわけです。これと同じで、月も重い面を地球に向けたまま、自転が公転と同じになってしまったと考えられています。
何故今の若い子はストレートな反抗をしないのかというと、尾崎豊の歌に出てくる反攻とは、相手に受け止めてもらうという前提の甘えと、将来はその共同体に取り込まれることが約束されているから。しかし、それは今の若い子達が大人に対して抱いている感情である、「絶望」とは質が異なる
●親友型:「親友だから」という大義名分のもと、言いたいことを言ってくる。 ●カウンセラー型:こっちが求めてないのにアドバイスしてくる。 ●プロデューサー型:「あなたは◎◎タイプ」と決めつけ、他人の前でいじって貶める。 ●事情通型:何でも自分のほうが知っているふりをし、相手の情報を古いとくさす。 ●自虐型「いいなー、私なんて」という自虐から自慢に持っていく。 ●無神経型(無意識型):「これを言われたら嫌な気持ちになるだろう」ということがわからない。気にしてることをあだ名にするなどがその典型。 ●司会型:自分のペースで会話を仕切り、自慢に持っていく。
